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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)541号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金三五二万〇八六四円及びこれに対する昭和六三年三月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次に付加する外は原判決事実摘示のとおり(但し、原判決四枚目表四行目の「競売事件」の次に「の競売手続」を加える。)であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

被控訴人が関野正義(以下「関野」という。)及び松岡正男(以下「松岡」という。)に対し本件建物の収去請求訴訟を提起し、その仮執行宣言付判決を債務名義として控訴人が根抵当権を有する本件建物に対する収去の執行をするに至った経過は原審で主張したとおりであるが、次の理由により、被控訴人の右訴訟の提起から本件建物収去の執行申立てまでの一連の行為は控訴人の右根抵当権に基づく競売手続を妨害する意図でなされた著しく信義に反する行為であって、控訴人に対する不法行為を構成する。すなわち

1  被控訴人は、控訴人と被控訴人間の請求異議訴訟において、被控訴人と関野間の和解調書に基づく本件土地についての賃貸借契約が関野の地代の支払遅滞により昭和六〇年八月三〇日をもって解除されたと主張してその立証に努めていたのであるから、被控訴人において右賃貸借契約が同日以降も存続するという右主張と矛盾する前提の下に、右賃貸借契約がその後の無断譲渡により解除されたとして本件建物の収去と本件土地の明渡しの別訴を提起するのであれば、右請求異議訴訟においては右地代の支払遅滞による解除の主張を撤回し、控訴人の請求異議を認諾するのが信義に合致した訴訟行為というべきであったにもかかわらず、被控訴人はそのような信義に則った訴訟行為をしないばかりか、かえって、右請求異議訴訟において積極的に右賃貸借契約が地代支払の遅滞による解除によって消滅したとの主張立証をしていたのである。

2  本件建物についての関野から松岡に対する所有権移転登記は、控訴人の根抵当権実行による差押え登記の後に経由されているが、右所有権移転登記は関野が宮野勇に唆され、被控訴人の前記和解調書に基づく本件建物収去の強制執行に対する防衛手段としてなされた実体のないものであって、このことは本件建物を譲り受けたはずの松岡が本件建物に居住した事実も売却代金の支払をした事実もないことから明らかである。また、被控訴人は、本件建物が関野から松岡に対して譲渡されたとして、松岡に対しても前記和解調書の本件建物の収去・本件土地の明渡の条項について承継執行文の付与を受けていたのであるから、右条項の執行力の有無が争点となっていた前記請求異議訴訟の外に、松岡を相手とする本件建物収去の別訴を提起する必要は全くなかったのである。

ところが、被控訴人は前記請求異議訴訟において被控訴人敗訴の第一審判決を受けてこれに対し控訴手続をした上、突如として本件建物収去の訴訟を提起したもので、被控訴人の右訴訟提起は、要するに、控訴人の根抵当権に基づく競売手続による本件建物の売却に至るまでに本件建物を収去するために意図的になされたものである。

(控訴人の主張に対する被控訴人の答弁)

控訴人の右主張は争う。

被控訴人は、本件土地の賃貸借契約が関野の地代の支払遅滞を理由として解除されたものと考えて控訴人主張の請求異議訴訟を維持していたものであって、控訴人主張の撤回や請求の認諾をしないからといって信義に反するものではない。

また、被控訴人は関野が松岡に対し本件建物を無断譲渡したことを理由に本件建物収去の訴訟を提起し、同訴訟における被控訴人勝訴の判決を債務名義としてこれに基づいて本件建物収去の強制執行をしたもので(なお、右判決は関野及び松岡による控訴のないまま確定した。)、被控訴人の右一連の訴訟行為が控訴人に対し不法行為となる余地はない。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  〈証拠〉を総合すれば、控訴人が昭和五六年一月三一日関野に対し控訴人主張の約定で二五〇万円を貸付けたこと、控訴人が関野から、関野が控訴人との相互銀行取引によって控訴人に対して負担する借入債務その他の債務を担保するために、関野所有の本件建物について極度額を三〇〇万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定を受け、京都地方法務局昭和五六年二月四日受付第二七三二号をもってその旨の登記を経由したこと、関野が右貸付について昭和五八年八月二七日に支払うべき分割金の支払を怠ったため、右約定による期限の利益を失い、控訴人は関野に対し貸付残元金一六一万円及びこれに対する同月二八日以降完済に至るまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の請求権を取得したことが認められる(但し、本件建物について本件根抵当権の設定登記が経由されていることは当事者間に争いがない。)。

そして、本件建物の敷地が被控訴人所有の本件土地であって、関野は被控訴人から本件土地を賃料月額四万円で賃借していた(以下、右賃貸借契約を「本件賃貸借契約」といい、同契約に基づく賃借権を「本件賃借権」という。)との請求原因二項後段の事実、控訴人による本件根抵当権に基づく本件建物に対する競売申立てと同申立てのその後の経過に関する請求原因三項後段の事実及び同五項後段の事実、被控訴人による控訴人主張の和解調書に基づく強制執行の申立て及び控訴人による請求異議訴訟の提起とその経過等に関する請求原因四項の事実、被控訴人が提起した建物収去土地明渡請求訴訟とその経過並びに本件建物収去の執行等に関する請求原因五項前後の事実及び同六項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  〈証拠〉を総合すれば、本件建物が強制執行によって収去されるまでの経緯は次のとおりであったものと認められる。

1  被控訴人と関野は、昭和六〇年六月二五日、被控訴人と関野間の京都地方裁判所昭和六〇年(ワ)第三二六号建物収去土地明渡請求訴訟において、本件賃貸借契約継続の確認を内容とする訴訟上の和解をしたが、その和解調書(以下「本件和解調書」という。)第四項は、関野が地代を三回以上怠った時は、本件賃貸借契約は当然に解除されたものとし、直ちに関野は被控訴人に対し本件建物を収去して本件土地を明け渡す旨の条項(以下「本件明渡条項」という。)であった。

2  控訴人は昭和六〇年九月一〇日京都地方裁判所に本件根抵当権に基づく本件建物の競売を申立て、同裁判所は右申立てを容れて同月一七日競売開始決定をし、同月一九日本件建物について差押え登記(以下「本件差押え登記」という。)が経由された。

なお、控訴人は同月二五日に本件賃貸借契約に基づく地代について同裁判所から代払許可を受け、同年八月分以降の地代を被控訴人のために京都地方法務局に供託し、右供託は昭和六二年五月まで継続された。

3  被控訴人は昭和六〇年九月一三日、本件和解調書中の本件明渡条項についての執行力ある正本に基づき、関野に対する本件建物の収去の代替執行の申立てを京都地方裁判所にし、同裁判所は同年一〇月一五日その旨の決定をした。

なお、被控訴人は右代替執行決定に先立つ同年九月三〇日、同裁判所に対し、本件建物について控訴人の申立てによる競売開始決定がなされていることが判明したので、右代替執行決定を可及的速やかにするよう求める上申書を提出し、他方、控訴人は、被控訴人が関野に対する本件明渡条項に基づいて本件建物収去の執行手続をしようとしていることを知って、同年一一月四日に被控訴人に到達した内容証明郵便により、本件建物については控訴人申立てにかかる本件根抵当権に基づく競売手続が進行中であって、本件賃貸借契約上の地代は控訴人が裁判所の許可を受けて代払供託をしていること、被控訴人が本件明渡条項に基づいて本件建物の収去執行をすることについては疑義があること及び被控訴人が本件建物に対する収去執行をした場合には、本件建物について設定された控訴人の本件根抵当権が侵害されることになるので、その場合には被控訴人に対し損害賠償請求をすることなどの通知をした。

ところで、本件建物については同年一一月六日に、同年八月一四日売買を原因として関野から松岡に対する所有権移転登記が経由されていたもので、被控訴人は同年一一月に松岡から、関野と松岡間の本件建物についての売買契約書の写しが送付されて来てそのことを知り、同月一二日本件明渡条項につき京都地方裁判所から松岡に対する承継執行文の付与を受け、同月一六日同人に対する本件建物の収去についての代替執行の申立てをし、同裁判所は昭和六一年一月一六日にその旨の決定をした。

4  控訴人は昭和六一年一月一四日関野に代位して被控訴人を相手方として本件和解調書中の本件明渡条項に基づく執行力の排除を求める請求異議訴訟(以下「本件異議訴訟」という。)を京都地方裁判所に提起するとともに、本件明渡条項に基づく強制執行の停止の申立てをし、同裁判所は同日その旨の決定をした。

本件異議訴訟においては、主に本件明渡条項の「地代を三回以上怠った時」の文言の解釈が争点となり、被控訴人は右文言は「支払期日に支払うべき地代の遅滞が三回生じたとき」と解釈されるべきであると主張し、本件賃貸借契約は昭和六〇年八月三〇日をもって当然解除となったとの立場をとっていたが、同裁判所の容れるところとならず、同裁判所は昭和六一年八月一二日控訴人勝訴の判決を言い渡し(前記強制執行停止決定は同判決によって認可された。)、被控訴人はこれを不服として同月二一日大阪高等裁判所に控訴した。

5  被控訴人は右控訴審においても右と同様の主張をし、証人等を申請するなどの訴訟活動をしていたが、右控訴審係属中の昭和六一年九月二六日、関野及び松岡を相手方として、関野に対しては本件建物からの退去を、松岡に対しては本件建物の収去及び本件土地の明渡しを請求する訴訟(以下「本件明渡訴訟」という。)を京都地方裁判所に提起し、同訴訟において、被控訴人は関野が松岡に対し本件建物を譲渡することによって本件賃借権を無断で譲渡したので、訴状をもって本件賃貸借契約を解除したと主張した。

本件明渡訴訟は、関野が口頭弁論期日に出頭して、同人から松岡に対する本件賃借権の譲渡につき被控訴人の承諾を得たと主張して被控訴人の本件建物退去請求を争ったが、松岡は口頭弁論期日に出頭せず答弁書も提出しなかった。

同裁判所は、関野に対する請求の関係では同人の右主張は証拠上認められないとしてこれを排斥し、松岡に対する請求の関係では被控訴人主張の請求原因事実を自白したものとみなし、昭和六一年一二月二四日被控訴人の右各請求を認容する仮執行宣言付判決(以下「本件判決」という。)を言い渡し、同判決は関野及び松岡からの不服申立てのないまま昭和六二年一月二七日に確定した。

6  被控訴人は昭和六二年一月一七日本件判決を債務名義として松岡に対する本件建物収去の代替執行の申立てを京都地方裁判所にし、同裁判所は同年二月五日その旨の決定をしたため、被控訴人は同年三月二四日右代替執行決定に基づいて本件建物収去の強制執行(以下「本件収去執行」という。)をし、本件建物はこれによって滅失した。

7  そこで、京都地方裁判所は昭和六二年六月九日民事執行法第一八八条、第五三条により本件建物の滅失を理由に控訴人申立ての前記競売手続を取り消した。

三  控訴人は被控訴人の本件収去執行が本件根抵当権を故意に侵害する不法行為であると主張するので、右一及び二の事実を踏まえて以下に検討する。

1  右一及び二の事実と〈証拠〉を総合すれば、被控訴人は、本件明渡訴訟を提起した当時、本件建物には本件根抵当権が設立されていて、控訴人の申立てにより本件根抵当権に基づいて本件建物に対する競売手続が進行していることを熟知していたが、本件和解調書中の本件明渡条項を債務名義とする本件建物収去の強制執行が、控訴人の本件異議訴訟の提起とそれに伴う強制執行停止決定、さらには同訴訟の第一審での被控訴人敗訴判決の言渡しにより、実施できない状態となったため、本件明渡条項とは別に本件建物収去のための債務名義を取得する目的で、本件異議訴訟の控訴審係属中に本件明渡訴訟を提起し、同訴訟で被控訴人勝訴の本件判決(仮執行宣言付)が言い渡されたことから、本件建物の収去によって本件建物が滅失して控訴人の本件根抵当権が消滅することを知りながら、本件判決を債務名義として本件収去執行に及んだものと認められるし、本件根抵当権は本件建物に設定され、これを目的物とするものであるため、本件収去執行によって本件建物が収去されて滅失した場合には必然的に消滅する関係にあることが認められる。

右によると、被控訴人は本件収去執行によって控訴人の本件根抵当権が侵害されることを承知の上で本件収去執行をしたものということができる。

2  しかしながら、被控訴人の本件収去執行は本件建物の所有名義人である松岡に対する本件建物の収去及び本件土地の明渡しを命ずる本件判決を債務名義としてなされたものであり、かつ本件判決は既に確定しているため、本件判決が認容した被控訴人の松岡に対する本件建物収去及び本件土地の明渡しの請求権の存在は既判力をもって確定されているのであるから、被控訴人の本件収去執行は未確定の本件判決(仮執行宣言付)を債務名義としてなされたものではあるが、確定判決を債務名義とする強制執行と異なるところはないというべきであって、被控訴人の本件収去執行が執行債務者である松岡に対する関係では既判力によって確定されている執行請求権の行使として適法な行為であることは明らかであるところ、本件根抵当権が本件収去執行によって侵害されるのは、本件根抵当権が本件収去執行の対象となった本件建物の存在に依存し、その存続を前提とする権利であるため、本件収去執行によって本件建物が収去されて滅失したことによる反射的かつ必然的結果に過ぎないのである。

そうとすれば、被控訴人が控訴人に対し本件根抵当権の保存やその価値の維持について契約上の義務を負担していた等の特段の事情があれば格別、そのような特段の事情の認められない本件においては、被控訴人が松岡に対し適法に確定された執行請求権に基づいて本件収去執行をした結果生ずる本件建物の滅失による本件根抵当権に対する侵害は控訴人においてこれを甘受する外はないものというべく、従って、被控訴人が本件収去執行によって控訴人の本件根抵当権が侵害されることを承知しながら本件収去執行をしたことが、当然に控訴人に対する不法行為を構成するものではないというべきである。

3  もっとも、確定判決による強制執行であっても、右確定判決が訴訟当事者の通謀により、あるいは虚偽の事実を主張して裁判所を欺罔する等の不正な行為により、本来有り得べからざる内容の権利関係を認めたものである場合においては、執行債権者がそのことを知りながら、右確定判決に基づいて強制執行して他人に損害を与えたものであるときは、執行債権者の右確定判決による強制執行は執行請求権を濫用するものとして不法行為を構成するものというべきである(最高裁昭和四四年七月八日判決・民集第二三巻第八号一四〇七頁参照)から、本件判決が控訴人の本件根抵当権に基づく本件建物に対する競売を妨害するために執行債務者たる松岡と通謀して取得された不当な内容のものであるなどのため、本件判決を債務名義とする本件収去執行が公序良俗に反し執行請求権の濫用として許されないとの特段の事情のある場合には、被控訴人の本件収去執行も控訴人に対する不法行為となることがあるというべきであるので、控訴人の主張に即して右特段の事情の存否について検討する。

(一)  控訴人は、本件建物の譲渡はその登記が本件差押え登記に遅れるため、差押え債権者である控訴人及び競買人に対して対抗できないから、そもそも被控訴人は本件賃借権が本件差押え登記に遅れる本件建物の無断譲渡を理由に本件賃貸借契約を解除されて消滅したことを控訴人及び競買人に主張できないものであり、被控訴人はそのことを知悉していたと主張し、あるいは、本件建物についての関野から松岡に対する所有権移転登記は実体のないものであると主張するが、控訴人のこれらの主張は、前記特段の事情の存否との関係では、要するに被控訴人は本件賃貸借契約を有効に解除する権限を有せず、従って松岡に対し、本件判決で確定された本件建物の収去及び本件土地の明渡しの請求権を有していなかったとの主張であると解されるので、そのような観点から検討を加えることとする。

なるほど本件建物についての関野から松岡に対する所有権移転登記は本件差押え登記に遅れて経由されていることは前認定のとおりである。

しかしながら、本件差押えは本件建物に対するものであって、本件土地に対するものではないのであるから、本件差押えによって制限されるのは本件差押え当時の本件建物の所有者のする処分行為であって、本件土地の所有者又は本件土地の賃貸人のする処分行為ではない。従って、本件差押えの後であっても、本件土地の所有者であり、賃貸人である被控訴人が、本件賃貸借契約を債務者の地代の支払遅滞などの債務不履行を理由に解除して本件賃借権を消滅させることができなくなるわけでないことは多言を要しないところである。また、本件建物の所有者は、本件差押えによって本件差押えの効力が及んでいる本件建物及びそれに従たる権利である本件賃借権についての処分行為を制限されるのであるが、本件差押え後にした本件建物や本件賃借権についての処分行為も絶対的に無効なのではなく、その処分行為の効力は、本件差押えに基づく執行手続が存続する限りは、執行債権者及び右執行手続に参加する権利者に対する関係ではこれを有効として主張することができないものとされるに過ぎないのである(差押えの相対的効力)から、本件差押え後に本件建物が譲渡され、それに伴って本件賃借権が賃貸人たる被控訴人に無断で譲渡された事実が法的に全く存在しないものとして扱われるわけのものではないのである。そうとすれば、関野の松岡に対する本件建物の譲渡による所有権移転登記は本件差押え登記の後になされているから、本件差押えに基づく執行手続が存続する限りは、本件建物についての右譲渡及びそれに伴う本件賃借権の譲渡は前記競売事件の差押え債権者である控訴人に対抗できないものではあるが、被控訴人が関野の松岡に対する本件賃借権の譲渡が民法第六一二条第二項に違反するとして本件賃貸借契約を解除して、関野から本件建物を譲り受けた松岡に対し本件土地所有権に基づいて本件建物の収去及び本件土地の明渡しの請求をすることは許されるものというべきである。

また、控訴人は、関野の松岡に対する本件建物の譲渡の登記は実体のないものであると主張するが、右主張を認めるべき証拠はなく、かえって、〈証拠〉によれば、関野は昭和六〇年八月ころ宮野勇を介して松岡に対し本件建物を六〇〇万円で売却したことが認められる。

従って、控訴人の右主張は採用することができない。

(二)  控訴人は、本件判決は被控訴人が松岡と通謀した結果なされたものであると主張するが、本件全証拠によるも右通謀の事実を認めるに足りる証拠はない(本件明渡訴訟においては、松岡は口頭弁論期日に出頭せず答弁書も提出しなかったため、被控訴人の本件建物収去及び本件土地の明渡し請求に関する請求原因事実について自白したものとみなされて、被控訴人の松岡に対する右請求を認容する本件判決がなされたものであることは前認定のとおりであるが、このことから直ちに両名の通謀によって本件判決がなされるに至ったものと推認できるものではない。)。

(三)  控訴人は、被控訴人の本件明渡訴訟の提起から本件収去執行申立てまでの一連の被控訴人の訴訟行為が著しく信義に反すると主張し、その理由として、〈1〉被控訴人が本件異議訴訟の第一審判決を不服としてこれに控訴しながら、しかも被控訴人が当時既に本件和解調書の本件明渡条項について松岡に対する承継執行文を受けていたため提起する必要がないのに、本件明渡訴訟を密かに提起したこと、〈2〉本件異議訴訟においては本件賃貸借契約が関野の地代の支払遅滞により昭和六〇年八月三〇日に解除されたと主張しながら、本件明渡訴訟においては同日後も本件賃貸借契約が有効に存続することを前提として、関野の松岡に対する本件建物の譲渡に伴う本件賃借権の無断譲渡を理由に本件賃借権契約が解除されたとの矛盾する主張をし、しかも本件異議訴訟においてその主張を維持し、控訴人の請求を認諾しなかったことを挙げる。

(1) しかしながら、そもそも、本件和解調書中の本件明渡条項に基づく給付義務については既判力が認められないのであるから、被控訴人は、本件明渡条項について関野又はその承継人である松岡に対して執行文の付与を受けていたとしても、これとは別に本件明渡条項に基づく給付訴訟を提起することも許されないわけではない。また、本件異議訴訟は本件明渡条項の執行力の排除を請求する訴訟であって、被告となった被控訴人が本件異議訴訟において勝訴するために主張できることは、本件明渡条項の条件(関野が本件土地の地代の支払を三回以上怠ったとの条件)が成就していて即時の執行力があることに限られるのであるから、関野について本件明渡条項に定められた「地代を三回以上怠った」こと以外にも、本件賃貸借契約上の債務不履行その他の解除事由がある場合には、被控訴人としては、そのことを理由として本件賃貸借契約が解除されたと主張して、関野又は同人から本件建物を譲り受けて本件土地を占有する者に対して本件建物の収去及び本件土地の明渡しを求める別訴を提起することができることはいうまでもない。

そうとすれば、被控訴人が本件異議訴訟に応訴しながら、その決着を待つことなく、これとは別に本件明渡訴訟を提起することは被控訴人がその有する訴訟上の権利を行使するものであって、そのことが当然に本件異議訴訟を提起しその維持に当たっていた控訴人に対する関係で信義に反する行為に当たるものということはできない。

(2) また、本件建物が収去されれば、本件建物を目的物とする控訴人の本件根抵当権がその価値を失ってしまうのであるから、控訴人は被控訴人の松岡に対する本件明渡訴訟の帰趨に重大な利害関係を有するものであることは明らかであるが、民事訴訟法には、そのような場合でも被控訴人に控訴人に対し本件明渡訴訟の提起やその結果を告知すべき義務を課する規定はないし、訴訟上の信義則によって被控訴人にそのような法的義務を課することも相当とは考えられないから、被控訴人が控訴人に対し本件明渡訴訟の提起やその結果を告知しなかったことが控訴人に対する信義に反する行為であるということはできない。

(3) なお、控訴人は、被控訴人が本件異議訴訟においては本件賃貸借契約が関野の地代の支払遅滞により昭和六〇年八月三〇日に解除されたと主張しながら、本件明渡訴訟においては同日後も本件賃貸借契約が有効に存続することを前提として、関野の松岡に対する本件建物の譲渡に伴う本件賃借権の無断譲渡を理由に本件賃貸借契約が解除されたと主張するのは矛盾であると主張するが、訴訟においては仮定的に事実の主張をすることも許されるのであるから、本件異議訴訟において前者のとおり主張しながら、本件明渡訴訟において形式論理的にはこれと矛盾する後者のような主張をすることが許されないとする理由はなく(このことは、本件明渡訴訟において、右両主張を同時にすることが許されることからも明らかである)、従って被控訴人が本件異議訴訟で前記主張を撤回しないことや控訴人の請求を認める趣旨の訴訟行為をしないことが控訴人に対する信義に反する訴訟行為に当たるということはできない。

(4) 以上のように考えてくると、被控訴人が本件異議訴訟の係属中に、これとは別に本件明渡訴訟を提起し、その勝訴判決によって本件収去執行をした一連の行為については、本件異議訴訟を提起してその維持に当たっていた控訴人に不正義であるとの念を抱かせる一面のあったことは否めないとしても、被控訴人による同訴訟の提起、さらには同訴訟の被控訴人勝訴の本件判決を債務名義として本件収去執行をしたことはいずれも被控訴人の有する権利の行使であって、控訴人との関係で信義に反する違法な行為であるとまでいうことはできないという外ない。

(四)  従って、被控訴人の権利の行使としてなされた本件収去執行をもって控訴人に対する不法行為であるとするに足りる前記特段の事情は認められない。

4  以上の次第であるから、本件収去執行が控訴人の本件根抵当権を侵害する不法行為であるとの控訴人の主張は失当であり、控訴人の本件請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないものとする外はない。

四  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 緒賀恒雄 裁判官 長門栄吉)

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